『生まれた日に』






「任務」

 黒い髪の少女は、簡潔明瞭に用件を告げた。
 手は早くしろと言わんばかりに、火影の目の前に突き出されている。
 突然執務室に現れての傍若無人な態度に、火影は固まった。

「任務。早く」

 少しだけ長くして、少女は己の用件を伝える。言葉を発する事すら嫌なのか、視線が全てを語っていた。

「あ…に、任務か」

 ようやく我に返った火影は、そろそろと依頼書の山を見た。
 彼女に適任の任務はどこにあったであろうか。

「中期長期任務」

 短期ではダメだ、と伝える少女に、大きなため息をついて、任務書を引き抜いた。
 紙の上、当然のように踊る特Aの文字。
 引き抜くと同時に少女の手に渡った紙には、ここ最近の抜け忍の組織が書かれていることだろう。

「御意」

 呟いて、消えた。
 まさに愛想の一つもなかった。

「…ああ、27が近いのか」

 ようやく火影は思いついて、小さく息をついた。
 渡した任務で正解だった。これで彼女はあと1週間は帰ってこないだろう。




「生まれなきゃよかったのに!」

 毒づいて刀を一閃。刀に伝わる振動と重さ。振りぬいた後の高揚感。
 躍動する肢体はそれそのものが凶器。暗部面より覗いた、血よりも濃く染まった瞳が鋭く細まり、次の獲物を捕らえた。
 獲物が騒いでいるのは分かるが、全く気にしない。けれど意味を持たない汚らしい言葉は耳に障る。
 全身に血を浴びて言葉をさえぎる。

 ざぁ、と血が降った。
 その、心地。
 そう、これだ。

 たぎるような血を抑え、現実の世界に引き戻し、安定をもたらす。
 ほぅ、と息をついて、瞳を開いた。
 見事に血に染まった場所。

「任務終了」

 小さく呟いた。
 ここに来るのに2日かかった。
 …と、すると、今日は12月27日。
 そのことに気付いて、息を呑んだ。

「…っっ!」

 ムカつく、と毒づいて、一面に転がる死体を蹴り飛ばす。
 情け容赦ないその様。
 苛々と暗部面をとって、長い黒髪をかきあげる。
 全身に浴びた血の雫が飛び散った。

 と、そこへ。

「はは。まだそんなことしてるわけか」
「誰!?」
「誰も何も、嫌だねヒナタ。私の声を忘れたのか?」

 淀んだ空気を切り裂くような鋭さと、他より低いが、それでも確かな女特有の高さ。
 確かにそれは聞き覚えのある声だ、確実に知っている。
 息を呑んで、ヒナタは呟いた。もしかして…。

「はい、正解」

 目の前にいても聞こえないような、本当に小さな声に、突然の乱入者は頷いた。

「誕生日オメデト。ヒナタ」

 くすくすと、笑う声が耳元から聞こえた。
 驚いて、振り返るよりも早く後ろから抱きかかえられる。

「血のぬくもり、人のぬくもり、アンタの精神安定剤………だろ?」

 腕の中で、借りてきた猫の如く急におとなしくなったヒナタに、相手は笑いかけた。
 ふんわりと柔らかいぬくもりに、ヒナタの心は静まり、平穏を取り戻す。

「テマリ」

 相手の名前。他国のくの一。
 その腕の中より抜け出して、テマリと向き合った。
 長い金茶色。鋭く光る碧の瞳。

「オメデトウなんて言わないで」

 歯噛みして、ヒナタは苛々と首を振った。
 未だ乾かぬ血が粒となって飛ぶ。
 ヒナタは誕生日が嫌いだった。もはや憎んでいると言ってもよかった。
 何故ならこの日は"自分"という汚らしい生物が生れ落ちた日だから。
 父と母に"自分"という災厄を与えた日だから。







 ―――母を、殺した日だから。







 ヒナタ、という少女が、並々外れた才能を持っていることを知り、両親は喜んだ。
 早くから術を学ばせ、クナイをもたせ、刀を与え、そして白眼を使わせ。
 それらを易々と、自分たちでしてきたよりもずっと早く取り込んでいく少女。
 あっという間に、己の才を超えた少女。教えるだけ教えて、学ばせるだけ学ばせ…全て与え、そのときようやく彼らは少女の才を恐れた。
 …たった、3つの子供が、自分達の教えた全ての術を扱い、己を打ち負かし、途方もないチャクラ量を見せる。
 それを望み、与えたのは自分たちでありながら、彼らはヒナタを恐れるようになった。

 家族はヒナタの視線を伺うようになり、触れ合う事を恐れ、まるで腫れ物に触るように接した。
 その、豹変に、ヒナタは耐えられなかった。
 どれだけの才を持とうと、どれだけの力を持とうと、所詮は子供。
 母の、父の態度に、ヒナタは真っ先に怒らせてしまったのだと思った。
 きっと、何かいけないことをしてしまったのだと。

 そう、信じていた。

 だから、母親を襲う他国の忍を見たとき、ヒナタはためらわなかった。
 真空の刃を幾つも幾つも生み出し、他国の忍…およそ50名はいただろうか?…一瞬にして、全ての命を、奪った。
 彼らは、真空の刃にて、首を、腕を、足を、全身を切り離され、バラバラに落ちた。

『かぁさま』

 そう、呼びかけた幼いヒナタの顔には、輝くような笑顔があった。
 身体中を、血に浸して。

 いいことをした。母を助けた。だから。きっと、父も母も許してくれる。
 父も母も前みたいにいろんなことを教えてくれる。


 そう、無邪気に信じていた。
 切ないほどに、そう信じていた。


 驚愕に引きつった母親の顔。ぴくりとも動かない硬直した身体。
 現状を理解した母親は、口をゆっくりと開いて、叫んだ。

『いやぁああぁあああぁぁああああああああっああああああああっ!!!!!!』
『かあさま!?か、かあさま?ど、どうしたの!?ねぇ、か…』
『いやああああ!!!いやっっ!いやぁ!!こないで!近付かないでぇえええええ!!!!』
『かあさま!?どうして?かあさま?』

 母を傷つけるものはもういないのに。自分がやっつけたのに。

『かあさま!!』

 ぎゅ、と母親の腕をとった、その瞬間、ヒナタの小さな身体はふわりと宙を飛んだ。

『―――え?』

 無意識に受身を取って、何が自分に起こったのか考える。
 母の腕を握って、それから………振り払われた―――?。

『触らないで!化け物!!!!!!!!!』

 完全な、拒絶だった。
 ヒナタは、きょとん、として、母を見て。
 ゆっくりと、じわじわと、自分が拒絶された事を知った。
 真っ白な、日向一族特有の瞳にみるみるうちに大きな雫が盛り上がり、血の上に落ちる。

『ど…して…ぇ?…ヒナタ、かあさま助けたのに…ヒナタ何も悪い事してないのにっっ!!!!』

 母親はただ叫び、泣いた。恐ろしかった。己の娘が。

 血の海の中で、無邪気に笑う幼子が。


 バチ、と音がした。


 あふれ出したチャクラが、空気をちかちかと発光させていた。感情のセーブされていないチャクラは目に見えるほどに高まり、バチバチとやかましく鳴った。

 ヒナタには何も分からなかった。
 両親が急に態度を変えたわけも。
 母に拒絶された理由も。
 人の命という概念も。

 そして、その日は12月27日…ヒナタの生まれた日、だった。




「馬鹿みたいに信じてた…父様も母様も怒っているだけなのだと。すぐに一緒に笑ってくれるのだと」

 けれども拒絶されたあの時、もう自分に優しい笑顔は向けられないのだと分かった。
 認めたくないあまりに感情は暴発し、ヒナタは全てを消し去った。
 死体も、母親も、木も、草も、大地も。

 全てを消した。消滅させた。
 母の全てはヒナタ自身の手によって、消えた。


「母様から生まれた私が母様を殺した!」


 好きだったのだ。本当に。
 本を読んで、術を優しく教えてくれて、出来た時には一緒に喜んでくれて。
 そんな母が自慢で、大好きで、誇りだった。

 それを、殺したのだ!


 ぼろぼろと涙を零し続けるヒナタの頭を、テマリは乱暴に撫ぜる。
 分かっている。それがどんなにひどい状態だったか。
 まだ覚えている。荒野と成り果てた緑の大地を。
 ひび割れ、何もない空間で立ち尽くす小さな子供の姿を。


「でも、アンタは私に会った」


 しゃくりあげながら、感情の高まりからか、本来の姿に戻ってしまったヒナタは、はっとして、必死に頷いた。
 日向一族の白い瞳は貴重。
 砂としても是が非でも欲しいもの。
 テマリとカンクロウ、それからもう1人…2人の師匠であるサソリに与えられた任務。
 それは岩国の忍が白眼を手に入れる前に、手に入れること。

「サソリにもカンクロウにも、6年前の今日、会った」

 まるで砂の大地のように、茶褐色のひび割れた場所。そこには、つい先程まで鮮やかな新緑があった。
 唖然とした。信じられなかった。自分よりも3つも年下の少女の起こした出来事に。
 その場で見てなかったなら、テマリは信じなかっただろう。この惨状を起こしたのがヒナタであると。

 だが、見ていた。
 サソリも、テマリも、カンクロウも。
 あの惨状を近くで見ていたのだ。
 50もの忍を一瞬にして葬ったヒナタを。母に拒絶され、チャクラを暴走させたヒナタを。
 サソリがとっさに結界を張らなければ、きっとテマリもカンクロウも消えていた。
 反応なんて出来なかった。目の前の光景に心を奪われていた。

「私たちはアンタを裏切らない。私たちと会った日を拒まないで欲しい」

 母親を殺して、全てを失った日。
 けれども、第2の家族を手に入れた日。

 サソリは、砂にヒナタを渡しはしなかった。
 テマリもカンクロウもそれに頷いた。
 小さな少女が、あんまりにも可哀想で、あまりに不憫で…。
 木の葉に返せば彼女は母親殺しという名を得るだろう。そして木の葉の管理下におかれ、首輪を付けられるのだろう。
 砂に渡せば、徹底的に白眼を研究され、ただのモルモットとして生きるのだろう。
 そうして、自由を得ぬままに朽ち果てる。


 …そんなのは、あんまりじゃないか。
 だから、3人はヒナタをかくまった。
 一緒に遊んで、食事をして…勿論それを出来るようになるまでが大変だったのだが。
 そんな生活が3ヶ月ほど続き、ヒナタは日向家に戻った。
 ヒナタと母は攫われて、監禁されていたのだと、母は逃げる途中に殺されたのだと、そういうことに、して。
 3人はヒナタをずっとかくまうつもりであったが、ヒナタ自身がそれを拒んだ。
 ヒナタは、父が好きだったから。
 母の行方を心配しているだろうと思った。

 …そして、ヒナタのことを少しでも心配していてくれないかと、願った。



 その、切なる願いは…叶えられた。



『お前だけでも…帰ってきてくれて、嬉しい…!!』

 あの父が、顔をくしゃくしゃにしてそう言ったとき、ヒナタは何もかも忘れて泣いた。
 嬉しくて、嬉しくて何も考えられなかった。

 段々と、涙に曇った瞳に力が戻ってきたのを見て、テマリは笑った。
 思い出したのだろう。
 日向ヒナタを大切に思っている人たちのことを。

 彼女はこの時期になると、母を殺した事を思い出し、精神が不安定になる。
 自分が誰にも受け入れられないように思って、母を想い、父を想い、混乱し、罪の意識に囚われ、木の葉にいるのを嫌がる。
 全てを忘れてしまい、自暴自棄になるのだ。

「アンタの父親は、アンタの姿が見えなくて、そわそわして呆れられてるだろう。アンタの班員である女教師と蟲使いに犬使いは、アンタにあげるプレゼントを迷いに迷って、帰ってくるのを待っているだろう。アンタの大好きなうずまきナルトは、奈良や山中、秋道に春野、うちはと一緒にアンタが帰ってきたら誕生日会でも開く気で楽しみに待っているだろう」

 テマリの言葉はヒナタの脳裏に鮮やかにその光景を浮かばせ、涙がこぼれた。
 胸が熱くなって、嬉しくて、一杯になる。

「それから、これは私たちからアンタにだ」

 ひょい、と取り出した紙袋。
 ラッピングのされていない紙袋に、素っ気無く"誕生日おめでとう"と4つ書かれている。

 流麗な小さな"誕生日おめでとう"はテマリ。
 走り書きのような、斜めになった"誕生日おめでとう"はカンクロウ。
 可愛らしくて丸っこい"誕生日おめでとう"は我愛羅。
 恐ろしく角張った刺々しい"誕生日おめでとう"はサソリ。

「"オメデトウなんて言わないで"、なんて言ったらやらないからな」

 ふん、と唇を尖らせたテマリに、ヒナタの涙が更にこぼれた。

「言わないよ。テマリ。…ありがとう。凄く凄く嬉しい」

 満面の笑顔に、テマリは満足げに頷いたが、手を出したヒナタに紙袋は渡さなかった。

「おっと、これはアンタがその格好を綺麗にしてからだな」

 悪戯っぽく笑ったテマリに、ヒナタは苦笑して頷いた。
 術で全身を洗い流して、そして乾かす。
 こんな風に術を使う人間も珍しいだろう。

「それじゃあ改めて、誕生日オメデトウ!ヒナタ!!」


 今度は、ありがとうと笑った。







 2005年12月27日
 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 くーらーいーuu
 予想をはるかに超えて暗く、予想をはるかに超えて長い。
 本当はフリーにしようかとも思ってたんですけど、色々と残酷な描写が入ってたり、不道徳的な内容なったりした上中途半端な終り方なんで止めときますuu
 しれっと砂がスレまくり(笑)
 ところで"誕生日おめでとう"の書体、全部変わってます?
 恋文ペン字・HG行書体・AR PPOP4B・MS 明朝の4つ使ってます。
 兄のパソコンでは多分MS 明朝くらいしかそのまま表示されないな…uu
 どのパソコンも入っている書体ってのが分かりませんでしたuu

 それではヒナタ。誕生日おめでとうvv



 空空汐/空空亭